Memo:うとうとと漂う夢の世界へ―Tujiko Noriko「Echoes on the Hem」

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Feb 23, 2025
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現実と夢の境界を彷徨うような音の世界へ
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偶然出会った一曲の音楽。Tujiko Norikoの「Echoes on the Hem」は、僕をあまりにも心地よい世界へと誘ってくれた。現実と夢の境界を漂うような「うとうと」した音楽体験を紹介したい。この文章は批評やレビューがしたい訳ではなく、あくまで自分が感じたことを言葉にして解釈を深めたい、魅力を伝えたいというのがモチベーションにして筆を取っている。

夢見心地の音世界

初めてこの曲を聴いたとき、気づけば半ば夢の中にいるような感覚に包まれていた。目を閉じれば、日常から少し離れた空間に浮かんでいるような、そんな不思議な浮遊感。Tujiko Norikoの紡ぐ音の世界は、まるで時間の流れそのものを緩やかに変容させるかのようだ。
「うとうと」―この言葉が最も適切に表現している。眠りと覚醒の間、意識と無意識の狭間を漂う感覚。この曲の持つ独特の間や空気感が、日常の喧騒から解き放たれた静かな時間をもたらしてくれる。
Tujiko Norikoは、フランスを拠点に活動する音楽家、シンガー、作曲家、映像作家である。アヴァンギャルド・エレクトロニカの分野で高い評価を受けており、「Echoes on the Hem」はオーストラリアのシドニーを拠点とするレーベル Longform Editions からリリースされた。彼女の多彩な芸術活動と実験精神が、この独特の音楽世界を生み出している。
(少し脱線するが)Longform Editionsからは、20分以上の曲のリリースが多く、瞑想的で没入型のリスニング体験に焦点をあてている。急速なデジタル消費文化への対抗として、じっくりと時間をかけて音楽を体験することの価値を再評価するという文化的な役割も担っている。個人的にとても好きなレーベルの1つである。

制作背景

興味深いことに、この夢のような作品は、アーティスト自身が数日間の孤独な時間の中で生み出したものだった。彼女のアーティストノートには次のように記されている。
"This summer, for the first time in years, I had a few days at home to myself to just relax. It was a bit lonely, but at the same time, it felt like such a luxury. I spent the days lounging around and doing as I pleased. During that time, I recorded this music."
「この夏、何年ぶりかで数日間、一人で家でくつろぐ時間がありました。少し寂しかったけれど、同時にそれはとても贅沢なことのように感じました。私はその数日間、のんびりと過ごし、好きなことをして過ごしました。その間に、この音楽を録音しました。」
この静かな時間の中で生まれた音楽だからこそ、聴く僕たちにも同じような穏やかな浮遊感をもたらすのかもしれない。
また、この作品は当初の計画とは異なる方向へと進化していったようだ。
"I've always admired rap, but I can't do it myself, so I looked for an AI rapper who would rap what I wrote, unfortunately or fortunately, I couldn't find one yet, so instead, it ended up like AI monologue."
「私はずっとラップを尊敬してきましたが、自分ではできないので、私が書いたものをラップしてくれるAIラッパーを探しました。残念なことか幸運なことか、まだ見つからなかったので、代わりにAIモノローグのようになりました。」
曲を聴き始めて10分ほど経過したあたりから、聴こえてくる語りがAIの声だとは思ってもいなかった。しかし、よく聴き直すと、確かにどこかぎこちない。でも不思議と心地よいリズムで語られていることに気付き、「AIモノローグ」という意味を理解した。機械的な発声による子ども声は、小学校時代の学芸会や発表の棒読みすら彷彿させる。
そんな、彼女の言葉とAIの声が織りなす独特の語り口は、現実と非現実の境界をさらに曖昧にしているようにも感じる。人間とAIの境界、現実と仮想の境界—それらが音の中で溶け合うように共存しているのだ。

時間を超える体験へ

Tujiko Noriko自身が語るように、この作品には通常の音楽とは異なる時間性がある。
"Creating a longer piece of music was really fun. Somehow, it felt more like capturing a moment in life compared to writing a four-minute music. I had to finish the track but it felt like this piece had already been going on before and would keep going after."
「より長い音楽作品を作るのは本当に楽しかったです。なぜか、4分間の曲を書くよりも、人生の一瞬を捉えているような感じがしました。トラックを完成させなければならなかったけれど、この作品はすでに前から続いていて、これからも続いていくような感じがしました。」
この曲を聴いていると、時間が伸びたり縮んだりするような不思議な感覚に包まれる。午後の陽だまりの中、半ば眠りながら聞こえてくる大人たちの会話や、窓越しに揺れる木々の影。あの何も考えなくていい安心感に包まれる。
日本語で紡がれる歌詞もまた、断片的な日常の風景や内面の思いを詩的に描写している。「突き抜けるような日差し」から始まり、「100まで生きても、夏はあと80回きり」といった時間の有限性への思索まで、様々な断片が織り重なり、夢のような物語を形作っているのだ。

最後に

「Echoes on the Hem」という作品名にも深い意味が隠されているように思う。「Echoes(エコー)」は音の反響、過去の出来事や言葉が時間を超えて繰り返し現れることを示す。一方「Hem(裾)」は衣服の端、何かの境界や縁を意味する。この二つの言葉の組み合わせは、まるで「境界線上に漂う記憶の残響」を表しているかのようだ。
夢と現実、過去と現在、意識と無意識、そうした様々な境界線上で揺れ動く私たちの存在そのものを、音として表現しているのであろう。ぜひ、静かな時間の中でこの作品に耳を傾けてみてほしい。そこには、日常の中に潜む詩的な瞬間と、Tujiko Norikoの繊細な感性が織りなす独特の世界が広がっている。
 

© yokinist

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