リズムから世界を見つめ直す
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Mar 1, 2025
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千葉雅也「センスの哲学」を読んで
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普段、何気なく使っている「センスがいい」という言葉。しかし、この言葉の正体について深く考えたことはあるだろうか。自分の「センス」に自信がなかったり、「センスのいい人」に憧れたりしながらも、その実体はつかみどころなく感じられる。
千葉雅也の「センスの哲学」は、まさにそんな「センス」という捉えどころのない感覚を鮮やかに言語化し、私たちの日常と芸術をつなぐような一冊である。
センスとは「リズム」である
本書の最大の魅力は、「センス」という抽象的な概念を「リズム」という視点から読み解いている点だ。千葉によれば、センスとは「0→1」の存在と不在の明滅パターンや、「反復と差異」のバランスを感じ取る能力だという。
例えば、音楽のリズムは私たちの体を自然と揺らす。同様に、絵画の中の色や形の配置、小説の中の言葉の連なり、料理の中の味や食感の組み合わせ。これらはすべて「リズム」として捉えることができる。センスのいい人は、このリズムを直感的に感じ取り、楽しむことができるのだ。
「餃子は音楽だ」と千葉は言う。熱さと冷たさ、硬さと柔らかさ、これらの対比が生み出す複数のリズムを時間軸の上でトランジションしながら味わう体験。こうした日常の些細な体験から、センスの本質を照らし出す千葉の視点は、読んでいて目から鱗が落ちた。
意味を求めすぎない「脱意味化」の視点
芸術作品を前にすると、「この作品は何を意味しているのか」「作者は何を伝えたいのか」など、つい意味を求めてしまう。しかし千葉は、そうした「意味」への執着を少し横に置いて、作品の「リズム」そのものを楽しむ姿勢を提案する。
これは現代アートや抽象画のような「意味がわからない」と敬遠されがちな作品の見方も一変させる。色の配置や形の反復、絵の具の厚みや筆のタッチ—そうした物質的な「リズム」を感じることで、作品は新たな魅力を放ち始める。
千葉の言葉を借りれば、「喜怒哀楽を中心とする大まかな感動を半分に抑え、色々な部分の面白さに注目する構造的感動」こそが、センスの良さなのだ。
構造的感動とは、従来の意味としての感動「大まかな感動」と対比して、以下のように千葉は説明している。
ひとつは、大まかな感動です。いい話だとか、悲惨な話だとかいう感動で、それが作品の大意味に属することは、もうおわかりと思います。それに対して、もうひとつの感動がある。 あちこちに展開する小意味の絡み合い、そこにおける意味のリズム、つまり、いろんな事柄の近さと遠さのリズミカルな展開を面白く思うこと。これも一種の「感動」だと思うんですね。これは、ディテールがどう組み合わさって作品になっているかを見ることで、すなわち「構造」を見ることです。これを「構造的感動」と呼びましょう。
つまり、ある外部の対象(芸術や日常体験など)に対して、その意味だけでなく、リズム(構造)として楽しんで面白がれる力がセンスを形作るのではないかと。
「ヘタウマ」のセンス学
本書で特に興味深いのは、「ヘタウマ」という概念をセンスの中核に据えている点だ。
千葉によれば、センスの良さとは単なる「上手さ」や「美しさ」ではない。むしろ、忠実な再現から離れた「ヘタウマ」にこそセンスの本質があるという。例えば、ピカソの絵画は写実的な技術からあえて逸脱し、独自のリズムを創出している。これは「下手」なのではなく、むしろ「型」から自由になったセンスの表れなのだ。
「センスがある人は上手くなくてもいい」という千葉の主張は、多くの人の肩の力を抜かせる。大切なのは、他人の真似や完璧な再現ではなく、自分にしか出せないリズムや配置を見つけること。この視点は、SNSの時代に「上手い」表現に囲まれて委縮しがちな人々に、創作の新たな可能性を示している。
日常をリズムとして楽しむ豊かさ
この本を読むと、芸術作品の見方はもちろん、日常の些細な出来事や選択にまで「リズム」を見出せるようになる。街を歩けば建物や看板の配置にリズムを感じ、料理をすれば味や食感のリズムを意識し、会話をすれば言葉の間合いにリズムを楽しむ。
センスは決して一部の「才能ある人」だけのものではなく、誰もが持ち、育てることのできる感覚なのだと教えてくれる。
センスの正体を知りたい人、芸術をもっと楽しみたい人、そして自分らしい表現や生き方に悩んでいる人に、ぜひ手に取ってもらいたい。きっと、日常の風景が少し違って見えるようになるはずだ。
ふと本を戻し、日常に焦点を戻す。回した洗濯機から聞こえる音の抑揚が、砂浜に打ち寄せる波のように感じられたように。
P.S.
WEBにあがっている対談記事からも魅力が垣間見えるので、もし興味あれば覗いてみてもらいたい。
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