お白湯が生み出す「間」

最近、お白湯を飲むようになった。ただの熱い水。これほど単純な飲み物はないかもしれない。しかし、この単純さの中に、思いがけない価値を見つけた。

お白湯には、ちょっとした「瞑想体験」が組み込まれている。熱いお湯は、一気に飲は飲めない。少しずつ、温度を確かめながら飲むしかない。この物理的な制約は、実は私たちに必要な「間」を作り出している。

そして、お白湯を飲んだあと体に溜め込まれた息がゆっくり「ふー」と吐かれていく。息は「自」分の「心」と書くように、呼吸と心の状態は繋がっている。息をゆっくり吐くことで、心も落ちついていく。と、どこかで聞いたが、それが自然と組み込まれているのだ。


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